ワスレナグサ 3
ナグサの箸休め回です百鬼夜行西部 甲子園地区
鳴り物の音が、新設の球場に響いている。
アナウンス『6回表、ミレニアムサイエンススクールの攻撃。バッターは、2番レフト 天童アリス』
アナウンスと同時に、かの『元勇者』がバッターボックスに入る。
平均打率0割2分2厘のミレニアムにおいて、なんと2割バッターである。
実況『さて、中継ぎの不破レンゲ選手は今日が8回目の登板。ミレニアム打線相手にどんな球を見せてくるのでしょうか??』
ナグサ(・・・レンゲならやれる)
私は野球に詳しくないのでよくわからないが、今は百鬼夜行3-0ミレニアムでこっちが勝っているらしい。
実況『アウト!いい当たりでしたがセカンドライナー!』
アナウンス『次のバッターは、3番ショート 乙花スミレ』
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実況『ゲームセット!4ー0で百鬼夜行の勝利!百鬼夜行はなんとこれでキヴォトススーパーリーグ上位プレーオフシリーズの最後の一枠に滑り込みました!!上位プレーオフシリーズ第1戦は来週日曜日、アリウス高等学校との一戦です!』
試合が終わって私が控え室に行くと、レンゲがいた。
レンゲ「先輩!見ててくれたのか!!」
ナグサ「うん。・・・かっこよかったよ。プレーオフ進出おめでとう」
6回表、強打者を三者凡退に抑えた彼女の活躍は勲章ものだろう。
それにしても嬉しそうだ。
いいなあ。彼女には野球部という新しい居場所ができた。紛争調停のために走り回らずとも、仲間達のために走り回る新たな理由ができた。
レンゲ「・・・ナグサ先輩もやるか?選手登録の制限もないし、運動神経いいからすぐに出れると思うぞ?」
私は・・・・
確かに楽しそうだけど、バットなど触ったことない。
それに・・・・帰るべき場所というのは、私の迷いにつながる。
ナグサ「・・・・ごめんレンゲ。私はいいや」
レンゲ「・・・・そっ、か。ま、気が向いたらいつでも言ってくれよ!!」
そう言って野球部の仲間達の元に戻ってゆく。
ああ、そういえばアヤメも一度だけ助っ人で参加していたな。
あの時も私は、見ていただけだったけど。
・・・・・・家に戻ろう。
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ユカリ「あっ!ナグサ先輩!お待ちしておりましたわ!」
土曜日なのにいる・・・
家の前にいた彼女を家に上げて、お茶を出す。
ナグサ「土日はお休みだから、好きにしていいのに・・・・・・」
ユカリ「好きにするにもやることが和菓子作りしかありませんので!」
そう言いながら彼女は小さな紙の箱からトレーを取り出す。
4個の練り切りだ。
桜色、海色、紅葉色、雪色。
それぞれ四季を表現している。
ユカリ「お好きなのをどうぞ♪」
雪色を手に取る。もうひとつはどれにしよう。
『私これ!大好きなんだ〜!こういう明るい色』
ユカリ「夏と冬・・・。素敵な選び方ですの!」
ハッ・・・
手元を見ると、すでに海色と雪色があった。
・・・・・・
まあいいや。食べよう。
黒文字で丁寧に割いて、雪色の片方を口に運ぶ。
白餡の甘味が口の中で広がる。
ナグサ「・・・・美味しいね。上達してる」
ユカリ「な、ナグサ先輩からお褒めいただくなんて・・・・」
顔を赤くして俯いてしまうユカリ。
・・・・・・当たり前のことを言っただけなんだけど。
そういえば、アヤメも前、私に作ってくれていた。最初は下手くそだったけど、徐々に熟達していき、最後に食べた練り切りは一流の和菓子店と遜色ないレベルにあった。
ナグサ「・・・・・・最近はどう?日々の活動とか、頑張ってる?」
そう言いながら、雪色を全て食べ、お茶を一口。
この後輩との関わりがほとんどないせいで、他愛のない会話しかできない。
ユカリは桜色を呑み込むと、笑顔で返す。
ユカリ「もっちろんですわ!身共は百花繚乱の一員ですの!日々の活動はしっかりやってますの!休日は・・・お手伝いをしたり、和菓子の特訓をしたり!!」
・・・・十分だ。
ユカリ「ナグサ先輩は、どうなんですの?」
うっ
・・・・・・見回りをして、報告書を書いて、アヤメを探す準備をして、カホに怒られてなんで口が滑ってもいえない。
ナグサ「・・・・見回りをして、報告書を書いての繰り返し。休日は読書かな。トリニティの古書館にも行ったりしたよ」
あながち嘘ではない。自分を取り繕ってはいるが、これくらいならセーフだ。
ユカリ「さすが代行ですわ!ストイックな生活をしっかり続けているお姿、身共も見習わなければ!」
見習わないでほしい。
こんな私を見習ってもろくなこと起きないから。
見習うならアヤメを。
沈黙が流れる。
まずい。案の定会話が止まってしまった。
ユカリ「あら。もうお食べになりましたのね!」
・・・・?
皿を見る。
あれ?海色がない。
もう食べてしまったのだろうか。
いや、食べた覚えがない。
・・・・・・・・・・。
ナグサ「おいしくて、つい」
まあいいか。
しばらく他愛ない会話を続けていると、ユカリは私の右腕を見て、こう言った。
ユカリ「どうですの?その・・・義手は」
ナグサ「・・・・頼もしいよ。おかげで戦いやすくなったし・・・・・・。まあ戦う機会も減ったけど」
ユカリ「あのびーむさーべるとやら、とっても綺麗で、すごかったですわ!身共もエンジニア部の方々に作ってもらおうかなぁ、なんて!」
あのビームサーベル機能のせいで百花繚乱の屋敷が今度こそ倒壊して、私の自宅が百花繚乱本部にされちゃったのだが、それでもユカリにとってはよかったものなのかもしれない。
・・・・・・・・・・・こうしてユカリと一対一で話しながらいると、思わずアヤメを重ねてしまう。
この屈託のない笑顔、転んでも転ばされても笑って起き上がるその心・・・・・・。
ダメだ。そんなことを求めちゃいけない。
私は頭を振って、頭の中に浮かんだ邪気を振り払う。
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ユカリ「来週もよろしくお願いします!」
そう言いながら彼女は帰って行った。
ナグサ「・・・・ふぅ。」
私は縁側に座り、沈みゆく夕陽を眺める。
『砂糖』の一件以降、人々は和菓子に対してすっかり萎縮してしまった。
そんな時立ち上がったのがユカリだ。
彼女はゲヘナから安全な砂糖を取り寄せ、それで和菓子を作り人々に振る舞い続けた。
人々の溝の間に入り込み、溝を埋めて滑らかにする。百花繚乱のモットーそのものの彼女の振る舞いはやがて多くの人に受け入れられ、ニヤの物流統制のおかげで今では皆、あの頃のように和菓子を愛するようになった。
彼女こそ、平和な時代になった今の百花繚乱の委員長に相応しい存在なのかもしれない。
・・・・とはいえ、百合園セイアの予言が本当なら、いつか危機が訪れるかもしれない。
その時までには、人々を暴力から守れる強い存在にも、なっていてほしい。
夜
私は布団を敷きながら、来週について考えていた。
来週は火曜日に、ミレニアムに出かける用事がある。
例の会議に参加する。
それを確認しながら、私は『証』と義手を外し、箱に入れる。
寝巻きに着替える。
そして布団に入ろうとした時、モモトークが来る。
キキョウからだ。
キキョウ『先輩。ごめん。今週1日も出れなくて』
ナグサ「大丈夫。最近はやることもないし。それにキキョウが好きなことができているだけで十分」
そう返す。するとすぐ返信が来た。
キキョウ『来週の金曜日の合同火力演習には出るから』
ナグサ「わかった」
それだけ言って、私は布団に入った。
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火曜日
ミレニアムサイエンススクールに来た。
ナグサ「・・・・ここが・・・・・・・・・・・・・・」
トリニティとは違い、しっかりと復興している。
ウイから言われた集合場所は、ミレニアムタワー38階のF105教室。
私は『証』をぎゅっと握りしめると、エレベーターに向かった。
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用語集
アリス!!:勇者は野球をはじめた!
キヴォトススーパーリーグ:キヴォトスで行われる野球リーグのこと。12チーム制で、前半リーグの上位6チームが上位プレーオフ、下位6チームが下位プレーオフに回り、最終順位を争う。
前半最終節時点の順位は以下の如し
1位 アリウス高等学校
2位 ゲヘナ学園
3位 SRT特殊学園
4位 ヴァルキューレ警察学校
5位 レッドウィンター連邦学園
6位 百鬼夜行連合学院
7位 山海経高級中学校
8位 ワイルドハント芸術学院
9位 オデュッセイア海洋高等学校
10位 トリニティ総合学園
11位 アビドス高等学校
12位 ミレニアムサイエンススクール
クロノススクールから各校野球チームへの一言コメントです。
アリウス→ベアおば式軍事教育の賜物
ゲヘナ→イオリを中心に色物軍団
SRT→5人だけど何故かクソ強い
ヴァル→カンナのワンマンチーム
赤冬→負けたら粛清
百鬼→堅実的高校野球
山海経→ホームの飯が絶品
トリニティ→機材がねぇ!キャッチも素手!でも頑張ってる!
アビドス→4人でもめげずに頑張ってる
ミレニアム→・・・。
ユカリの和菓子:勘解由小路家も息苦しいし百花繚乱は暇だしになったユカリは和菓子を作り始めた。たった半年でかなり上達した模様。
いつのまに海色をとった上に消えてる?ナグサが食いしん坊なだけじゃないっすか?
百花繚乱の屋敷:ナグサがぶっ壊しました
キキョウ:あやとり部で忙しいんじゃい!
合同火力演習:北アビドス砂漠で行われる、ゲヘナ主催の軍事演習。参加校はゲヘナ、ミレニアム、百鬼夜行、レッドウィンター、アビドス。
そういえばこの世界では1年若返り薬で若返った1年生とフツーに中学から上がってきた1年生がいるので、1年生の数が全学園平均で2倍なんですよね。数に偏りはありますが